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首里城では解りやすく「琉球の歴史」を知ることができます

2016/05/04

沖縄を何度か訪れていると「琉球」の歴史に触れてみたくなる時期は必ずやってきます。(はずです)

琉球の歴史を勉強するには、「首里城」を訪れることが一番です。

「首里城」には、歴史的建造物はもちろん、博物館的に情報を展示していますので、琉球王国の歴史を勉強することができます。

今回の旅行では首里城へは行けないという方へ、まずは、自分からとってもアバウトで超ざっくりとですが、自分も勉強しながら琉球の歴史をご紹介しますね。

琉球の歴史を知ることができる

歴史といっても、どこから振り返るか難しい部分がありますが、古代あたりのまだ文化があまり発達していない時期は省きます。

聞き馴染みのある「琉球王国」時代からがいいでしょう。

まず、当たり前の話をしますが、沖縄はもともと「琉球王国」という国だったんですよ。
ご存じですよね・・・(汗)

この「琉球王国」とは、西暦1400年代から1800年代の約450年間、沖縄本島を中心に存在した王国が今の沖縄の起源です。

尚 思紹王(しょう ししょうおう)を初代国王として始まった王国なんですが、この「尚」を姓とする国王が7代続いたようです。

首里城では、初代国王から最後の国王までの肖像画を見ながら、その時代の出来事なんかを確認できたはずです。

これら国王たちが、大和(日本)や中国を相手にバランスをとりながら交易をうまく行っていたようです。

そんなこんなで時代をどんどん進めますが、自分たちが聞き慣れた名前が出てくるようになるのは、16世紀後半になってからです。

近代日本との関わり

みなさんよく知っている豊臣秀吉が「李氏朝鮮」(今の韓国や北朝鮮があった場所に存在した国)に侵攻した際に、食料などを提供し戦争の手助けをしたそうです。

その後、さらに時代は進んで1609年、薩摩藩の島津氏が3000名の兵士を率いて沖縄本島に上陸し戦闘となったわけですが、数に優る琉球王国でしたが、島津氏に敗れてしまいます。結果、当時の国王である尚寧王が和睦を申し入れて首里城を開城したわけです。

これ以降、琉球王国は日本から法律などの制限を受けたり、貢納の義務がある立場である付庸国となりました。

しかし、その後も中国への朝貢も続け、日本(薩摩)と中国の両属という体制をとりながらも琉球王国という体裁を保ってきました。

そして時代は近代の明治になり、日本は琉球王国を廃藩置県によって鹿児島県の直轄としようとしたんですが、琉球王国は拒否しました。そこで、最終的に武力で首里城を制圧し、沖縄県としたわけです。

超おおざっぱですが、概要は分かったでしょうか。

そんな琉球王国をとりまく大きな時代の流れを、首里城を訪れると知ることができますよ。

首里城へ行ってきました

ということで、先日の沖縄旅行でも行ってまいりました。

場所は那覇空港からタクシーで20分くらいです。
ゆいレールなら那覇空港駅から首里駅まで、約30分くらいでしょうか。

首里城公園ホームページ

首里城公園入口のバス停を出ると、すぐに首里城へ向かう緩やかな坂があります。

写真 (7)

しばらく歩くと首里城の入口となる「守礼門」に着きます。

写真 (8)

今は滅多に見られなくなった二千円札に描かれたましたね。

この守礼門からどんどん登っていき、何個かの門をくぐり抜けると、いよいよ「首里城 正殿」に到着です。

写真 (10)

あたりまえですが、日本のそれとは全く違います。
どちらかというと、大陸文化の影響を強く感じますね。

正殿の内部も見て回れるんですが、国王が座っていた椅子(たぶんレプリカ)なども見れて、国王の暮らしにも触れることができます。

写真 (11)

正殿を出ると見晴らしい景色も見れます。

写真 (13)

国王もこの景色を見ていたんでしょうね。

まとめ

自分が首里城を訪れるのは、沖縄旅行最終日の午前中と決まってます。
そのほうが、効率よく沖縄旅行を満喫できると思ってるんです。その理由は、おいおいお話しますね。

美しい海やグルメももちろんいいですが、せっかく沖縄を訪れたら沖縄の歴史も知っておきましょう。

沖縄の楽しみ方の幅が広がるかもしれませんよ。

photo credit: P1010209.JPG via photopin (license)

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